鉄☆輪☆温泉

鉄道に輪行して、サイクリング。締めは温泉へ!折りたたみ自転車での輪行旅、サイクリング、そのほかお出かけ記録を綴ります。

「鉄道操車場物語」と南武線六郷支線跡

多摩川を河口へ。腰回りの調子は、まだ今一つ。せっかくの3連休ですが、遠出は控えて、ゆっくりと。

ちょうど一か月後開通の「多摩川スカイブリッジ」を望みます。自転車専用路があるそうですね。多摩川左岸を行くと、鳥居のところで終了ですが、右岸からスカイブリッジを渡って羽田空港まで行けることになるのでしょうか??開通したらまた行ってみることにしましょう。


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川崎に戻りまして、ミューザ川崎に参りました。

本日の主目的は、「鉄道操車場物語」展!!

新鶴見操車場を中心に、川崎の鉄道貨物に関する展示がされています。なんせ品鶴線沿線住民ですから、面白い写真展示や新鶴見機関区所蔵のお宝品等、知らなかったことがいっぱいで面白かったです。

展示室内は動画以外写真撮影もOKということです。展示内容について、詳しくはネタバレになるので書きませんが、川崎市民ミュージアム公式YouTubeで関連動画も公開されています。 Youtubeで「鉄道操車場物語」と検索すると出てきますよ。


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どっぷり貨物鉄分を吸収しましたが、せっかくですので帰り道にも吸収して帰ります。
国道409号から廃線跡の「さいわい緑道」に入ります。自転車は押し歩きですので、ご近所でしたが今回初めて。


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南幸団地の横に、公園が広がっています。ここが貨物専用「川崎河岸駅」跡地です。南武線の矢向から分岐。1927年南武鉄道により敷設され、1972年に廃止。

多摩川の砂利を上流から貨物列車で運び、「はしけ」に移して、海の方に運んでいたようです。。


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押し歩きしつつ、側道があるところを走りながら、第二京浜を渡ります。昔は踏切があったのでしょうね。緑道に菜の花が咲いています。


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廃線跡を思わせる、タイル装飾があります。地元の学校の卒業制作とかでしょうか?

ただ「川崎河岸駅」に向かう矢印の向き、反対なんですが・・・


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さて「さいわい緑道」はここで終わります。この先に住宅が出てストンと行きどまりに。実はそこで井戸端会議がされていて、写真はとれませんでした。

この辺りは、横浜市川崎市境が入り組んでいますが、川崎市部分は「さいわい緑道」として整備されるも、横浜市部分は宅地化。。。。考え方の違いですね。。。横浜市にとっては別に通過するだけの貨物線で、何の思い入れもなかったということでしょうか。

それでも、廃線跡上に建っている住宅は、周りの住宅と違う向きになっているので、そのあたりが面白いです。

こちらのお宅なんかは、廃線跡感が残っていますね。隣の駐車場との境目には昔の柵っぽい杭が見えます。


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廃線跡は矢向地区センターに入っていき、その後矢向駅の留置線に合流していきます。以上で六郷支線完乗でした。


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と思ったら、すぐ近くの「尻手短絡線」をタキが通過していきます。せっかくなので、尻手短絡線沿いも踏切を行ったり来たりして進みましょう。新鶴見操車場(現信号所)から南武線を結び、川崎の臨海部へ向かう重要な貨物線。住宅地の中を単線で長大な貨物列車がうねうねカーブしながら進むので、通るたびに迫力を感じます。


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南武線との分岐点から、踏切を行ったり来たりして進みますが、今しがた貨物列車は通ったばかりなので、しばらくは来ませんね。


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二ヶ領用水は矢向の方まで来ていましたので、二ヶ領踏切もあるんですね。

江ヶ崎踏切で品鶴線と合流。ここはすでに旧新鶴見操車場でした。マンションも跡地に建っています。


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以下は別日ですが、尻手連絡線を新鶴見から尻手方に向かうEF65 2000番台けん引のコンテナ列車です。なかなかの迫力です。


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江ヶ崎跨線橋を渡ります。


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 新鶴見操車場に架かっていた、旧江ヶ崎跨線橋は一部分が残されています。明治28年に建設された東北本線荒川橋梁の一部と明治29年に建設された常磐線隅田川橋梁がリサイクルされて作られました。2009年に撤去されましたが、私がこのエリア来た時にはまだありまして、味のある跨線橋だったことを覚えています。


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 令和元年台風の被害により川崎市民ミュージアムは閉館となりますが、新たなミュージアム建設の暁には、新鶴見操車場の記憶をはじめ川崎の鉄道に関する展示が充実することを期待したいです。

 

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(※ネット不具合により、公開後に後半一部データが消えてしまったため、同主旨で書き直しました。)