今回はまず深谷駅をスタート。「ミニ東京駅」と言われるレンガ調の名駅舎。
東京駅に使われたレンガが、深谷市にあった「日本煉瓦製造株式会社」で製造されていたからですね。
渋沢栄一を輩出した深谷市。日本煉瓦製造(株)も渋沢栄一の設立した会社の一つ。
駅前広場も同社から寄付されたレンガが使われているとのことです。
来年度からは、私のお財布に沢山入ってくれることを祈りましょう。
日本煉瓦製造(株)は明治20年(1887年)、日本で初めて煉瓦の大量生産を始めたそうです。
当初レンガ輸送には、利根川の舟運を使っていましたが、明治28年(1895年)に専用鉄道が敷設され、昭和40年代まで使用されていたそうな。
その廃線跡は自転車歩行者道(あかね通り)となっていますので、今回まずはコチラを辿っていきます。
高崎線に沿って進みますと、唐沢川を渡ります。
早速、立派なレンガ造りの橋台が見られます。
右下の説明板を見ますと、橋桁は移設されてきたみたい。
住宅街をゆったりカーブしていきます。ところどころレンガ敷になっていますね。
旧中山道を渡ります。説明板にある昔の踏切の写真がとても興味深い。
現在の国道17号を陸橋で越えていきます。
ネギ畑・煉瓦・廃線跡そして桜。深谷の魅力が凝縮されたショット。
福川を渡りますが、かつての橋は横の公園に
保存されています。長さ10.1mの鉄橋と
洪水に備えた長さ約22.9mの避溢橋(ひいつきょう)で構成されていました。
スマホでは一枚に収まりきらない長さ。
こういう時こそ「パノラマ」機能を使えばよかった。。。。
さらに北上していきます。こちらの農道?が、かつての鎌倉街道だったようです。
小さなレンガ造りのアーチ橋と続いて、
その先に国指定の重要文化財の「備前渠鉄橋」ですが、そちらの写真撮っていませんでした。。。その後、専用線は「上敷免工場」敷地に入っていったようですが、
渋沢栄一はこの地で良質な瓦が作られ、よい粘土が得られることを知っていて、工場を建設したとのこと。そのため粘土が採掘により、周囲の土地が低くなっているのですね。
「備前渠鉄橋」や「旧変電室」
「旧事務所」とレンガを焼いていた「ホフマン輪窯6号窯」が一連の文化財として指定されていますが。現在「6号窯」は工事中。
そして、この日は平日のため史料館になっている「旧事務所」は閉館。
工場跡に入れず、見学できなかったのは残念ですが、ところどころの解説板に往時の写真もあり、明治期の鉄道や産業発展の礎を肌で感じることができました!!