今回は東武熊谷線跡を辿ります。 曇りの熊谷駅をスタートします。東武熊谷線は戦中の1943年に熊谷と妻沼間に開通。利根川をはさんだ群馬県側の中島飛行機工場への工員・物資輸送が目的で作られました。利根川を渡ることはかなわず、1983年に廃止。
上熊谷駅近くの踏切では、草生した東武熊谷線の線路が見られます。ちょうど651系が通過。次の踏切まで
線路が残っています。秩父鉄道から分かれて、廃線跡の緑道、「かめの道」が始まります。
車両を模したコンクリート造りの倉庫?があって、かめ号と書かれ、「妻沼⇔熊谷」のサボ?も掲げられています。
「かめの道」は、この後盛り土になっています。登ってみますと、この高さで高崎線を越えていったようですね。もどって回り込みますと、水路も越えていたことがわかります。
踏切で高崎線を渡り、また「かめの道」を進みます。
鉄道柵の左右の幅も結構広い。走っていくと鶏のけたたましい声が聞こえます。養鶏場かと思ったら熊谷農業高校の施設でした。奥で乳牛が角突合いをしています。。。
そのあたりで「かめの道」は終了。まっすぐ道路になっています。
工事看板にも「東武熊谷線跡地」としっかり書いてありますね。まだ整備中で車両は入れないようですが、歩道はできているので、こちらを進んで大丈夫のようです。ずっと前から工事はされているようですが、なかなか完成しないようですね。。。
国道17号バイパスの手前付近に「大幡駅」があったようです。
畑の真ん中をまっすぐ北上していきます。
田んぼの真ん中に確実に東武熊谷線の痕跡と思われる杭が。。。農作業には邪魔ですよね・・・。
コスモス畑の中にも杭が残っています。
工事中の区間を抜けますと、すでに道路となっている区間になり、更に北上していきます。大幡駅の次は、妻沼まで途中駅はありません。
左の細い道路は昔からあって、その横に廃線跡を使って歩道と車道が新たにできたという構造がわかりますね。ひたすらまっすぐ進んで、妻沼駅跡付近に到着です。
さて、ほど近くの妻沼展示館に向かいますと。。。。いました!!
東武熊谷線キハ2000形が保管されています。蒸気機関車は遅くて「カメ号」と呼ばれていましたが、新たにこちらは「特急カメ号」と呼ばれていたそうで。どことなく亀っぽい顔つきだからカメ号かと思ってました。80系電車的なところもいいですね。
今は自由に車内には入れないそうです。中を覗くとロングシートとボックスシートですが、このボックス席、膝と膝がぶつかりそう。。。
運転席横にはシルバーシートが。これは展望席ですね。「杉戸工場」とも書かれているので、秩父鉄道を通って杉戸工場で検車されていたんでしょう。
実はこの日、本当は別の場所に輪行を予定してましたが、現地トラブルかつその天気予報も雨に変わったので、天気予報を見て、急遽熊谷付近を選んできました。予備知識不足で痕跡の見落としがありましたが、短いながらも楽しい廃線跡ポタでした。
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